名古屋高等裁判所金沢支部 昭和26年(う)124号 判決
判決理由〔抄録〕
本件事故発生の原因が、原審認定のごとく、危険の有無を確かめず道路の左端約八寸位の個所を、時速約二十粁の速力をもって自動車を進行せしめた被告人の不注意に基くものであるか、又は弁護人の主張するごとく、スプリングの折損及びこれに伴う操縦不能状態の発生による不可抗力に基くものであるかの点につき、審究するに、原判決挙示の証拠を綜合すれば、被告人が富山地方鉄道株式会社自動車部に雇われ、自動車運転者として乗合自動車の運転に従事しているものであること、昭和二十五年三月七日午後零時二十分頃、同会社の富第一〇七六号トヨタBL型乗合自動車に乗客二十数名を乗せてこれを操縦し、富山県婦負郡八尾町から富山市に向う途中、同郡婦中町上轡田地先、神通川堤防上道路(堤防の高さ約一・七米、道路の幅員約七米)に差蒐ったこと、当時の時速は約二十粁であり道路上に於ける自動車の姿勢は、左側車輪が道路左端から約二尺位中央部に寄った地点を、路端に平行して進行していたものであったことを、それぞれ肯認し得べく、さらに、右の事実に、被告人に対する検察官作成の供述調書の記載、当審証人今井隆雄、同野村清春に対する各尋問の結果、及び当審鑑定人寺島正芳の鑑定の結果を綜合すると、該自動車が前記のような状況で叙上婦中町上轡田六百七十一番地藤岡弥一郎方居宅前に差蒐った際、右前車輪のスプリングが突如として折損し、これがため、左前車輪が約十度、右前車輪が約八度内外の角度をもって、針路を稍左斜前方に転ずるに至ったことを認定し得るのである。およそ、自動車の運転者たる者は自己の操縦する自動車の針路について、常に周到なる注意を払い、若し自動車が自己の予期しない方向に進行するようなことがあれば、直ちにハンドルを把って針路を修正すべきであることは勿論、ハンドルの操縦が意の如くならないときは、直ちに急停車の措置を採りもって事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を負担しているものであることは此処に言うまでもない。しかるに、原判決挙示の各証拠によれば、被告人は斯る注意を払わなかった為、自己の運転する自動車が、叙上のごとく、左前方に向って其の針路を変更したことに気付かず、此の儘の姿勢で、約十三米程進行を続け、左側前車輪が道路左端の稍軟弱な個所に乗り掛るようになってから、はじめてこれに気が付き、俄にハンドルを右に切ろうとし、且サイドブレーキを掛けて急停車を図ったが及ばず、左側前車輪が堤防の側面に喰込み、自動車は、さらに、其の方向を急激に転じ、道路より左に約三十五度の角度をもって堤防の斜面を降下した後、堤防下の空地に転覆するに至り、因って乗客中清水好子外七名に対し、原判示の通りそれぞれ傷害を負わしめる結果を招いたものであることを肯認するに十分である。原判決は其の事実認定に於て、若干当審と見解を異にすることがあるものの如くであるけれども、要之、被告人が自動車の針路を中央寄りに修正しなかった点に過失の存在を肯定しているものであることに於て当審の見解と同趣旨であり、爾余の部分に於ける認定の相違は必ずしも判決に影響するものでないから、原判決は必ずしも、審理を尽さず事実を誤認したものと言うを得ず、また、証拠によらずして事実を認定したものと言うことも出来ない。論旨はいずれも其の理由がない。